イントロダクション:
昨今、フィールドレコーディングの業界で脚光をあびている、32bitフロートの録音技術。これは、常にクリアなオーディオ、シンプルなセットアップ、かつてない編集の柔軟性が得られるだけでなく、ゲインノブが不要になるというものです。
ZOOMは、この技術が真のゲームチェンジャーであると考え、さまざまなレコーダー製品に32bitフロートを実装した最初のメーカーとなりました。しかし、それがどのように機能するものなのか、そしてそれが機材セットアップに採り入れる価値があるものなのか、疑問に思われる方もいらっしゃるかと思います。
ここでは、32bitフロートがあなたの創作活動に適しているかどうかを判断するのに役立つ情報を、短期集中講座的に紹介します。
ビット解像度とデジタルの歪みについて:
32bitフロートを最もよく理解するために、それによって解決できる問題を挙げることから始めましょう。それは、クリッピングやホワイトノイズのような、音量によるオーディオの歪みです。オーディオの作業をしたことがある方なら誰でも、不要なデジタルノイズのために、せっかくの録音が台無しになってしまったことがあるかと思います。こうしたことは、シンガーの音量が不意に跳ね上がったり(そしてクリッピングしたり)、あるシーンでの俳優の台詞の声量が小さすぎたり(そしてポスト編集で音量を上げると余計なノイズが発生したり)など、あらゆる原因で起こります。
そもそもデジタルオーディオの歪みが発生する理由は、サンプルレートとビット解像度にあります。コンピュータで録音する場合、デジタル・オーディオ・ワークステーション(DAW)ソフトウェアは、アナログ信号を取り込み、それを多くのスナップショット(サンプル)に分解してデジタル信号に変換します。サンプルレートとは、DAWが1秒間にいくつのサンプルを取り込んでいるかを示すもので、サンプルレートが高ければ高いほど、原音により忠実な録音が可能になります。例えば、44.1kHzのサンプルレート(標準的なCDの音質)は、DAWが録音時に毎秒44,100個のサンプルを生成しています。
一方、ビット解像度は、各サンプル内で利用可能なデータ空間(ビットとして測定)の量を示します。各ビットは、振幅値と呼ばれる一定の単位数を保持することができ、これによって、そのオーディオファイルで利用可能なダイナミックレンジが決まります。例えば、8bitオーディオ(80年代や90年代のビデオゲームで一般的に採用されていたビット解像度)は、256段階の振幅値しかなかったため、平坦で機械的なサウンドに留まっていましたが、現在の業界標準の24bitフォーマットでは、振幅値が1,600万段階以上に細かくなっており、よりリアルな再現度を実現しています。
従来のビット解像度での課題:
高いサンプルレートとビット解像度の両方を備えることは、より正確なアナログ/デジタル変換を可能とし、ひいては高品質なレコーディングを実現できます。しかし、音源(録音ソース)が所定のビット解像度の範囲外の音圧(dBレベル)に達すると、アナログ信号は適切に変換されず、その結果であるオーディオファイルには不可逆的なデジタル歪みが含まれてしまいます。24bitオーディオのダイナミックレンジはかなりのものなのですが、それでもその限界に遭遇することがよくあります。スネアドラムの音が極端に大きくなれば、簡単にクリップや歪みが生じてしまいますし、俳優が台詞の途中で突然ささやくと、ポストプロダクションで復元できないほどレベルの低い音声になってしまうことがあります。
通常、大きすぎたり小さすぎたりするオーディオの解決策は、ゲインを調整することから始まります。ゲインには入力信号を増減させ、オーディオ信号が所定のダイナミックレンジ内に収まるようにする働きがあります。サウンドチェックでゲインを調整したとしても、シンガーの音量が突然跳ね上がったり、車のエンジン回転数が予想以上に高くなったり、俳優が誤ってマイクから遠い位置で台詞を喋ってしまったりなど、ある程度の予測不能性は残ります。
ゲインノブに「付きっきりになって」リアルタイムで調整することも不可能ではありませんが、その場合は音源の音量変化を常に注視する必要があり、制作時のそれ以外のことが疎かになってしまうことになりかねません。まして、生放送や映画の周到なスタントシーンのような、1回限りの収録の場合、音声がNGだったためにテイク2を試すという選択肢はありません。
32bitフロートの仕組み:
クリップして歪んでしまうオーディオに対する解決策は、ダイナミックレンジを大きくすることであり、それを可能にするのが32bitフロートです。32bitフロートでは、振幅値の段階が40億以上もあり、その結果、地球上のどんなものよりも大きなダイナミックレンジが得られます。言い換えれば、ささやき声から爆発音まで(撮影現場で遭遇するほとんどすべてのサウンド)、すべてがそのダイナミックレンジ内に収まります。
32bitフロートなら、ゲイン設定やレベル調整をその場で行う必要がなく、これまで以上に簡単かつ迅速にレコーディングすることができます。スタジオでも、撮影現場でも、ロケ先でも、マイクをセットして録音ボタンを押すだけです。32bitフロート・オーディオファイルは、24bitファイルよりも容量が約33%大きくなりますが、録音した結果を考えればわずかな代償です。
重要なポイントを1つ:レコーディング機器で32bitフロートオーディオを聴き直したり、ファイルをDAWに転送したりすると、録音に若干の歪みが聴こえることがあります。32bitフロートテクノロジーの真価は、ファイルのゲインを調整して、録音した波形を拡大したり縮小したりするポストプロダクションで発揮されるのです。
従来の16/24-bitのオーディオファイルでのクリッピングは、ピークが平坦化されてしまい、それ以上のデータがないため不可逆的です。つまり、ダイナミックレンジを超える入力があったため、アナログ信号が適切にデジタル信号に変換されなかったのがその理由です。しかし、32bitフロートではすべてのデータが存在していますので、DAWに取り込んだ時に歪んでクリップしているように見えたとしても、レベルを下げてやれば、クリップのないクリアなオーディオ波形(信号)を取り戻すことができます。
32bitフロート収録が有効な場面:
- 映画の撮影現場で、ダイナミックなシーンで主役2人の台詞が必要になったとします。声の大きさが変わっても、32bitフロートならクリッピングすることなく、それぞれの台詞を収録できます。また、声の小さな台詞の音量を上げても、音質が損なわれることはありません。
- スタジオでバンドのライブレコーディングをしていて、ギタリストが他のパートよりかなり大きな音で弾きだしたとします。その時の音量の急激な立ち上がり以外はクリーンな録音だったため、バンドはそのテイクを使いたいと言い出したとします。24bitでは、ゲインを高く設定しすぎてその立ち上がりがクリッピングの原因になることがあります。しかし、32bitフロートなら、録音はクリーンそのものです。
- もしあなたが、車のエンジン音をできるだけリアルに収録しようとするサウンドデザイナーだったとしたら。そのためには、当然のこととして走行中の車に録音機器を近づけることになります。レコーダーと一緒に車に乗り込むことはできませんので、録音をモニターすることはできません。32bitフロートなら、予期せぬ音の急上昇(轟音や破裂音、エンジンの回転数など)をポストプロダクションで調整し、エンジン音を大きく、リアルで、しかもクリップしないようにすることができます。
- 2つのボーカルテイクを切り貼り編集しているとします。一方のテイクはシンガーがマイクから少し離れた位置に立っていました。32bitフロートなら、2つの波形をバランスさせることができ、つなぎ目がなく歪みもないコンピングが可能です。
32bitフロート搭載のZOOM製品:
ZOOMは、先進の32bitフロート技術を搭載したプロダクトを豊富に取り揃えています。プロ品質のフィールドレコーダーや高性能マイクを搭載するハンディレコーダーをはじめ、音楽制作用のMTR、オーディオミキサー、USBオーディオインターフェースなど、どれもゲイン調整不要で、歪みのないクリアなレコーディングを実現します。あなたの創作活動にフィットする最適な1台を、ぜひ見つけてください。